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南アルプス市はこんなまち
南アルプス市は日本第二の高峰北岳(3193m)を持つ
山梨県の富士川西岸に位置する市で
人口は約7万人です。
芦安温泉郷や南アルプスの山岳観光の玄関口として
4月の桃源郷マラソン6月のさくらんぼ狩り、7月8月の桃
秋はブドウ冬にはあんぽ柿枯露柿など四季を通じ果物の収穫が楽しめます。
またスモモの生産は日本一を誇り、貴陽・李王など南アルプスで生まれた
品種もあります。

山梨に観光でお越しの際には、南アルプスにも足を運んでみてくださいね。

石積出し、武田信玄の信玄堤はここから始まる
石積出しは、武田信玄が行った堤防工事の中で一番有名な信玄堤の工事の出発点にあたる堤防工事の遺跡です。
石積出

知らずにみればただ石が積んであるだけの堤防ですが、
この石積出し(いしつみだし)には、大きな役目があります。

そもそも武田信玄が信玄堤を築かねばならなかったわけは、
甲斐の国でお米が取れる平野部は、基本的に甲府盆地の中心部がもっとも広い場所なのに、ひとたび大雨が来ると簡単にその肥沃な平野部に川の水が押し寄せる為でした。
特に日本有数の急流である富士川は、
南アルプス市の芦安地区から流れる御勅使川(みだいがわ)
と合流するあたりから、隔てるものがない平野部になるため、それこそ自由気ままに暴れる川として、当時の領民を苦しめていました。

そこで武田信玄は、この富士川と御勅使川との合流点付近に堤防を築き、甲府盆地に川の水が流れ込むのを防いだわけですが、ただ堤防を築くだけでは、その堤防が決壊すれば、それこそ労力を費やした以上の大災害となります。

武田信玄はこの堤防を決壊させないために様々な仕掛けを凝らしました。
その最初がここの石積出しなんです。
その秘密は
この石積出しのある場所は、扇状地と呼ばれる、土砂が堆積して出来た氾濫地形の、一番上端になります。つまり氾濫が起こるときの一番の出発点です。
(地図はこちら)
石積出し
この水の出発点で氾濫する方向が変わるだけで、下流ではとんでもない方向にまで広がるのです。
だからこそこの場所で、御勅使川の流れをゆるやかに北東向きに流れるような石積みの堤防をまず築きました。

一番最初の部分で流れをコントロールするのが一番労力がかかりませんものね

ここで少しでも南側に水が氾濫すると、富士川から南下する水の流れに真っ直ぐ
西側方向からの御勅使川の流れがぶつかるので、甲府盆地に氾濫しやすくなるんです。
川の流れ
そこでこの流れを少しでも北東に向けられれば、図にあるように、岩で出来た崖が
旧御勅使川の合流地点のちょっと北にありますから、西からの勢いを殺せるわけです。
御勅使川の流れ2

この石積出しは、御勅使川の流れをコントロールして、合流点をちょっと北にずらそうという、壮大な計画のためにあったんですね。

この石積出しは一つだけでコントロールしていたのではなくいくつかの積み出しを連続して設ける事で流れを制御しました。
史跡としては5番堤まで確認されていますが、文献では8番堤まであったそうです。



author:あっくすおじさん, category:風林火山武田信玄ゆかりの話題, 16:13
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信玄堤について
信玄堤信玄堤(しんげんつつみ)は、山梨県甲斐市(旧竜王町 (山梨県)|竜王町)にある堤防である。霞堤(かすみてい)。戦国時代 (日本)|戦国時代に甲斐の守護、戦国大名である武田信玄(晴信)により築かれたとされる。「信玄堤」と呼ばれる堤防は県内各地にも存在する
水関連いろいろ記述, 2007/03/24 3:26 PM